●パン 2
昨日お昼を食べる時間がなくて、事務所に戻る途中で買って食べたモノです。
お惣菜屋さんらしく、トンカツやメンチカツ、コロッケ、ハムフライなどをはさんだ食いでのあるパンが売られています。
味つけに、ソース味と甘いたれとがあるのですが、ソース味のトンカツサンドの方が私の好みでしたあ。

昨日お昼を食べる時間がなくて、事務所に戻る途中で買って食べたモノです。
お惣菜屋さんらしく、トンカツやメンチカツ、コロッケ、ハムフライなどをはさんだ食いでのあるパンが売られています。
味つけに、ソース味と甘いたれとがあるのですが、ソース味のトンカツサンドの方が私の好みでしたあ。

桜の花も入って春を感じさせてくれるパンでした。

今日から朝の街頭演説をスタートさせました。7時15分から8時15分まで1時間。沼津駅南口でぶっ続けで演説しました。
こーいうのを「朝立ち」って言うんですが、やっぱり男は朝立ちするくらい元気でなくちゃネ(笑)。教え子も来てくれて、チラシをまいてくれました。どうも、ありがとう!
写真は、家を出る時に、香貫山の上に見えた朝日。清れつな空気の中で朝日が見れて元気が出ました。これから月~金に毎日場所を変えて朝立ちをしていきます。ガンバるゾ!

狩野川にかかるあゆみ橋に来たところ、橋のたもとで地元の市場町自治会の人たちがお花見会を開いていました。甘酒をごちそうになって、いろいろお話しすることができたのですが、こうした地域おこしの活動への行政の手助けが足りないという声がありました。
先週の原地区でもそうだったのですが、地域の人たちが安心して楽しく暮らしていけるようにするために、税金を使っていってほしいという思いは、地域の住民の人たちの中に結構あるのだと思います。
その意味からいっても、大型のプロジェクトにばかり予算を配分してきた、静岡県の税金の使い方は直していかなきゃいけない!と思ったのでした。
甘酒美味しかったデス。

今日で、学習塾の子どもたちの期末テスト対策も終了。実家の近くで週2日ほど継続してきた学習塾もこれで終了させるコトになります。
これから4月8日の投票日までは実家の方に来ることもなくなるので、お墓を掃除しに来ました。お墓を水洗いして、父と母に必ず勝つこと、力の限り頑張りぬくことを誓ってきました。
母の命日は4月9日なのですが、選挙が終わるまでは一周忌のコトも考えられない旨を和尚さんにお伝えしました。この和尚さんは、私の小学校5、6年の時の担任の先生で、私を厳しく指導してくれた恩師でした。
小学校1年生の時に東京から引っ越してきて、「東京モン」としてイジメられた私は、1、2年生の頃は学校から帰ってきても、家に引きこもって一人で遊んでいるコトが多かったように覚えています。
そこから、方言を一生懸命身につけるなどの努力をして周囲にとけこんで行ったのですが、時々「東京モン」と差別されるコトがありました。6年生の時に、やはりそうした出来事があって、先生へ提出する日記帳に書いたコトがありました。
先生や大人に助けてもらいたい、優しい言葉をかけてもらいたい、という思いがあったのでしょう。しかし、先生からの返事は「いつまでもくよくよ気にしてんな、強くなれ。」というような内容だったコトをよく覚えています。
誰かの助けをアテにしてはいけない。自分で解決しようと努力した時、初めて人が助けてくれるんだから、まずは自分で強くなれ、何か努力をしてみろ。先生はそんなコトを教えてくれ
たのだと、お墓からお寺へ移動している間に思い出しました。
そんな話を和尚さんにしたら、「そんなコトあったかなあ」と苦笑されていました。それでイイのだと思います。正確なコトは分かりませんが、人生の中で出会ってきた、いくつかのそうした教えが、私の心の中に小さな花のように生きているコトは事実なのですから。
自分の心の中にある弱さを直視した上で、それとつきあっていく。時々出てくる弱気やゆらぎ、その心をあり方を常に修正を図りながら、気持ちを強く持って前に進んでいく。
苦しくなって弱気になった時は、そんな風に心の中の花を思い出して、これからの選挙戦を戦っていきたいと思うのデス。
ガンバるゾ!

昨日の自転車隊は、沼津工業横を通って峠を越えて大平地区へ。
老人ホーム前などで演説してから、再び坂を登って横山トンネルを抜け、香貫小前を通って国道414号へ。
414号沿いにあるラーメン屋「長浜 小太郎」でとんこつラーメンを食べました。白いスープは甘みがあって、あっさりしているけど豊かな味。
自転車のノボリを見た店のご主人から「選挙かあ、頑張ってな」と声をかけてもらえました。こういうのってウレシイ。

現在、レンタルDVDで初回から見ているのですが、第2クールに入ってのオープニングテーマは、HOME MAID 家族の「少年のハート」。
口ずさむ メロディーが 思い出させてくれる
メモリーは どれも輝いてばかりいる
“将来の夢”の欄に書いた
あの頃の俺から何年経った?
現実と理想の狭間揺らいだ
情熱の炎も消えかかった
諦めた時点でゲームオーバー
現状をこの手で切り開こうか
覚えていますか?
昔は確か かすかな希望に全力を出した
明日のために生きていました
その気持ちどっか忘れてないか?
青春に期限なんてない
探究心に年は関係ないと思うよ
咲かそう 咲かそう 咲かそう
情熱の花を咲かそう
私が静岡空港の問題に関わりだしたのは、国が開いた公聴会という公の場で唯一の沼津市民として意見を述べた95年。
自分の全存在をかけて、この問題にぶち当たろうと決意して、衆議院選挙に出たのが96年。
それから10年以上の間、ずっと「かすかな希望に全力を出し」て、いろんなコトをやってきました。選挙、空港の需要予測の研究、オオタカの調査、裁判、土地収用委員会・・・。
その間何度も、「現実と理想の狭間揺らい」で、「情熱の炎も消え」かかって、正直な話、疲れ果てて自死を考えたコトもありました。
でも、「諦めた時点でゲームオーバー」なんだから、やっぱり「現状をこの手で切り開こう」と思い直して、「どっか忘れて」いた気持ちを思い出して、「明日のために生きて」きました。
先日、空港建設に抗議して県庁前での焼身自決を決行した井上英作さん。その行為には粛然とするしかありません。
その上で、私はやはり、「かずかな希望に全力を出して、明日のために生きて」いきたいと思う。「現状をこの手で切り開こう」と思う。そのために、今日も自転車隊で沼津市内を教え子たちと走り抜けようと思う。
そして、「咲かそう 咲かそう 咲かそう 情熱の花を咲か」していこう! そう思うのデス。
口ずさむ メロディーが 思い出させてくれる
メモリーは どれも輝いてばかりいる
今も 夢のかけらを手に
あの頃のように 光はなつ 少年のハート
