●自転車隊 3.11 2
その後、バイパスを西に進んで県営原団地や市営原団地の中で演説。

北條早雲の城だった興国寺城址に少し立ち寄って、今度は海沿いの道をひたすら東に走って、駅前に戻ったのでありました。
駿河の守護大名今川義忠が戦死した際に起きた跡目争いで、妹が産んだ子である龍王丸の後見人として力を発揮したのが、後に北條早雲と名乗る伊勢新九郎。その功績で興国寺城を手に入れて、後に戦国大名に成り上がったわけですが、そのきっかけとなった今川義忠の戦死。
これは、私の出身地である牧之原市にいた土豪・勝間田氏と菊川市にいた横地氏を今川義忠が責め滅ぼした際に、帰り道で勝間田・横地氏の残党に襲われて戦死したものなのです。
郷土史オタクだった私としては、そんな話を思い出しながら興国寺城址を後にしたのでした。
(写真が前のブログのものと入れ違いになっていました。スミマセン。)
