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2007年04月12日

●負けぶり 2

昨日のブログで紹介した、歴史作家・池宮彰一郎の小説「島津奔る」。その中で、関が原の戦いが徳川・東軍勝利で終わった後、島津軍700人の軍勢が一丸となって、6万人の東軍中央に突っ込んでいくシーンがあります。

 『「鏃矢(ほうし)の陣形を取れ!」 六百余の士卒は、先鋭なやじりの形に陣形を組んだ。小勢で多勢を破るには無類の強さを示す。常に多勢と戦った薩摩島津の得意な戦法である。島津勢が動き出した。大地を震わすほどの強い足音が響く。(徳川軍は)その一糸乱れぬ士卒の気迫に、呑まれたように立ちつくした』

 選挙戦最終日、20代、30代の仲間たち約10人と、駅南口から仲見世商店街の練り歩きをしました。途中からスピーカーを使うのをやめて、地声で「中村えーいちです、よろしくお願いしまーす!」と大声を張り上げていくことにしました。すると、小学生の頃からおとなしい、静かな子だった教え子の女の子が、スゴイ勢いで声を出していきました。

 「えーいちです!よろしくお願いしまーす!」という声を、息つく暇もなく出し続けて、駅前に戻ってきました。もう限界かな?と思って、「どーする?」と聞いてみたトコロ、「まだやりましょうよ!」との声。「自分の地元だから目立ちたくない」と言っていた友人の女性の発言でした。「よし、行こう!」と、雨が降る中、再び練り歩いていったのです。その熱気はスゴイものでした。

 練り歩き終了後、今度は自転車に乗って、選挙カーの後を5人の男の子たちと一緒に走っていきました。ここでも、「中村えーいちです!よろしくお願いしまーす!」とみんなが声を張り上げて、雨が降る中を最後まで走り続けてくれました。真っ暗な夜空に、「中村えーいちです!よろしくお願いしまーす!」という何人もの地声が響き渡っていきました。

 こうして、決意から8ヶ月に渡った今回の戦いは、少数ではあるが熱意ある仲間と共に終わるコトができたのでした。その結果、負けはしましたが、「よき負けぶり」は示すことができたと思います。たとえ7回負けたとしても、8回目で勝てばいいんだ。この地平を土台にして、次の戦いでは必ず勝つぞ、この仲間と共に!そう思うのデス。

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コメント

中村くん!素晴らしい戦いぶりと、負けっぷり、、残念だけど、、、 よかったね!!
島津藩のエピソードもいいね。

お疲れさま&ありがとうございました!

はい、ありがとうございます!

えーちゃんお疲れ様。
選挙に初めて触れて、大きなものに立ち向かう事の大変さが
ちょっと分かった気がしました。

今回は残念でしたが、次にえーちゃんの出る選挙の時に、
またこのすばらしき仲間達と応援できるなら私も参加しますっ!
あと、出来たら7回負ける前に勝ってくだせい。m(_ _)m

>今回は残念でしたが、次にえーちゃんの出 >る選挙の時に、またこのすばらしき仲間達と>応援できるなら私も参加しますっ!

はい、どうもありがとうございます。

>あと、出来たら7回負ける前に勝ってくだせ>い。m(_ _)m

そりゃそうですね(笑)。次回勝てるようによろしくお願いします。

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