●『反省』
「ムネオハウス」の言葉で有名になった佐々木憲昭衆議院議員(共産党)の質問や、「疑惑の総合商社」の辻本清美衆議院議員(社民党)の質問は、外務省の仕掛けであったコトなど、外務省官僚の実態が実名、顔写真入り(笑)で語られています。
外務省の官僚について、「頭も悪くない。意欲もある。」しかし、「何が欠けているのか。それは責任感ですよ。当事者意識が全然ないんです。」という佐藤氏の指摘には、10年以上静岡空港問題をめぐって県庁職員と対応してきた人間として同感の至り。問題は、官僚の人たちに責任感が無いコトなんですよねえ。
さらに重要だと思ったのは、外交をめぐる時代認識。佐藤優氏は、「現在のアジア・太平洋地域の外交は、19世紀後半から20世紀初めにかけての帝国主義の時代に、ものすごく近づいている」と指摘。かつての帝国主義の時代は、「国の旗を立てた企業や国家が、自国のエゴを露骨に押し通す時代だった。その時代がまたやってきた。共通の敵だった共産主義の脅威が消えたから、各国が好き勝手にエゴをぶつけ合って、その場その場で折り合いをつけていく時代になっている。」と断ずる。的確な見方なのだと思います。
その意味では、どの国が善(好き)でどの国が悪(嫌い)なんてコト(単純な「親米」もしくは「親中」、「親露」など)はありえない。現実と状況を見ながら、冷静に自国の利益を追求する外交が求められる時代なのだ、というコトなのだと思いますデス。「黒船来航」以降の日本の状況と重なるわけで、「冷戦体制の崩壊」とはそういうコトなんだったんだなあと、改めて痛感させられます。
また、鈴木氏は北方領土問題について以下のように指摘します。「われわれ与党政治家は、運動しているわけではないんです。責任ある立場の者が交渉をするんです。交渉する者は、結果を出さなければいけない。運動している者は、結果なんて出さなくていいんですよ。ただ自分の考えや主張を杓子定規にがなり立てても、あるいはテープレコーダーのごとく繰り返しても、なんら責任のない話でいいんです。」
運動から政治に関わるようになった自分のような者としては、極めて耳の痛い指摘。静岡空港をめぐる土地収用委員会の場でも、「ただ自分の考えや主張を杓子定規にがなり立てたり、テープレコーダーのごとく繰り返」すという場面に何度も遭遇して、頭が痛い思いをしたものでした。
私が思うに、外務省にしろ運動にしろ今まではそれで良かったのかもしれませんが、今後はそうはいかないという時代に入ってきている、というコトなのだと思うのです。各国のエゴがぶつかりあう欲望向き出しの時代に再び入ってきているわけですから、今までのようにはもういかない・・・。その意味でも、幕末の時代に似ているのかなと。
しかし、人の頭はナカナカ変わらないモノで、こうした主張をしても理解されない。そればかりか、古い考えに囚われた人たちからは「裏切り者」とすら言われてしまう。幕末に、現実を認識する中から「攘夷論」から「開国論」に転じた人たち(高杉晋作とか)もそのような扱いを受けたわけですが、私もそうした状況にいるようにも思えます(笑)。
そんな中で、「自分の体験からどうしてもお伝えしておきたいのは」『人生絶対に諦めてはダメだ』ということである。」という鈴木氏の訴えは胸にしみました、ウン。
