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2007年10月11日

●ゆさぶり

  今日は、昼前から静岡大学に行って、教え子の大学生の手を借りて、図書館などで調べモノ。

  夕方、静岡空港の反対地権者の人から連絡アリ。夜に自宅で会ってアレコレ話をした。

  彼と初めて会ったのは、14年前。ブラジルで環境サミットが開かれた年。「日本でも環境サミットを開こう!」というコトで開催した、地球環境シンポジウムの場だった。

  お互い、まだ30代前半だった。彼はシンポジウムの参加者の1人として、静岡空港問題を報告し、自分はその記録を本にまとめる役目だった。

  その時の報告の素晴らしさに、「我が郷土にもこんな人がいるんだあ。」と感動したコトを覚えている。

  あれから14年たって、お互い独身のまま。そして、空港は完成に向かっている。

  以下は、14年前の彼の報告の最後の部分。

  『緑にあふれた私たちの地域でも、私が育ってきたわずかな年月の間に、水田を埋め立てての大規模茶園の造成によってホタルが姿を消し、河川改修によって川から魚が姿を消しました。

  自然の中で農業を営みながらの日々の暮らしの中で、私たちは、自らの手で確実に自然環境を壊し続けています。

  だからこそ、自分の手の中にある自然環境を、自らの手で守ろうと下した判断については、何としても守っていきたいと思うのです。

  私は、声高に空港反対を叫ぶよりは、むしろ、日々の暮らしをなるべく普通に暮らしながら、静かに首を横に振り続けていきたいと考えています。

  「世界にゆさぶりをかけようとする人は、まず近隣にゆさぶりをかける勇気を持たなければなりません。それは、世界にゆさぶりをかけるよりも多くの勇気を必要とし、かつまた犠牲も大きいものです」

  これは、童話作家カニグズバーグの言葉です。環境の問題に取り組むすべての人々が、この勇気を持てることを願って、私の報告を終えます。』

  いま、改めて読んでも感動する。名演説だったと思う。

  確かに犠牲は大きかった。でも、勇気を持つことはできた。

  「まだまだやれるコトはあるさ」と今後の打ち合わせをして、コンビニ前で別れた。

  空港用地周辺に最後まで残っていた彼の木を、県が強制的に伐採するコトを伝える、「代執行令書・ダイシッコウレイショ」なる通知が県から届いた夜だった。

  「揺さぶり」は静かに心の中に残っている。

  

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