●フツーの一日
写真は、友人宅の庭。真ん中に映っているのが愛犬スラッシュ(略称スラ)。
こじんまりとしたキレイな庭と、板張りの床の和建築の友人宅はとても魅力ある造りの家。庭先で日差しを浴びながらコーヒーを楽しみました。
家の中に入って、友人夫妻とあれやこれやとずっとお話。出してくれる緑茶もまた美味しい。
愛犬スラも、驚くほど賢くて可愛い。周辺を散歩したり、家の中で戯れたりして一日を過ごしました。
「こういうフツーの一日が一番大事なんだ」とは友人の言葉。
きっと、そうなんでしょうね。

写真は、友人宅の庭。真ん中に映っているのが愛犬スラッシュ(略称スラ)。
こじんまりとしたキレイな庭と、板張りの床の和建築の友人宅はとても魅力ある造りの家。庭先で日差しを浴びながらコーヒーを楽しみました。
家の中に入って、友人夫妻とあれやこれやとずっとお話。出してくれる緑茶もまた美味しい。
愛犬スラも、驚くほど賢くて可愛い。周辺を散歩したり、家の中で戯れたりして一日を過ごしました。
「こういうフツーの一日が一番大事なんだ」とは友人の言葉。
きっと、そうなんでしょうね。

吉田港はシラスの水揚げが多いトコロ。その吉田漁協婦人部の中にある、「しらすくらぶ」のおかみさんたちが作ってくれた料理の数々。
写真手前は、シラスご飯にシラス汁、シラスサラダ。奥は太刀魚のお刺身。いずれも美味しかったデス。

昨日までとはうってかわっての暖かい日差しの下、海風を感じながらのゴミ拾いはナカナカ気持ち良かったデス。

昨日、サッカー五輪代表がアジア予選を通過し、北京五輪への出場を決めました。非常にヒヤヒヤする試合展開でしたが、結果を出せて良かったデス。
緊張から解放された反町監督の表情が印象的でした。
6月6日のブログで私は以下のように書きました。『私の好きなサッカー監督である反町が監督を務めるオリンピック日本代表の試合がテレビ中継されていました。 (略) 反町ジャパンも格上をひっくり返す戦いができるようなチームになってもらいたい!同世代として期待するものデス。』
実は反町監督は私と同じ年。
私が小学生のとき、我が細江小学校サッカー少年団は県大会に出場し、学年全体でバスに乗って遠く離れた沼津まで応援に行ったものでした。1回戦で清水の有度二小学校に負けてしまったのですが、その時の有度二小チームの中心選手が反町選手だったのでした。
その後、清水東サッカー部で活躍。一浪して慶応大学、全日空(いずれもサッカーで入ったのではなく)と進み選手生活を続け、アルビレックス新潟の監督として実績を残した後に、五輪代表監督に就任。今回、苦しみながらも五輪出場を決めたわけであります。
小学校時代から時におり注目してきた人物なわけですが、病床にいるオシム監督に代わっての代表監督就任の話もあるとか。ぜひともガンバってほしいものデス!
いいゾ反町、ガンバレ!

夕方6時から朝4時までやっているお店で、ラーメン屋というよりは居酒屋?
甘口のスープの味は、思ったより良かったです。チャーシューも柔らかくて美味。メンはイマイチ。
量が少な目なのは居酒屋だからですかね?

お店のご主人が毎朝漁に行って採ってきた魚を出してくれるとのコトですが、今日は天気が悪くて出漁しなかったとのコト。
それでも、焼き太刀魚やお刺身、鯛の釜飯など、魚料理が美味しかったデス。
お店の名前は「伝吉山」。御前崎の鯛が採れるスポットの名前から取ったとのコトでした。
ああ酔った。

'96年衆院選で落選した際に、「この選挙区からこの制度では出馬しない」と宣言し、大学教授を務めながら、「田中秀征の民権塾」を主宰。私もこの塾に参加してお話を直接うかがった経験があります。また、'01年の県知事選で水野誠一候補の応援演説をしていただいた時に、浜松駅頭でその対応をしたこともありました。
さてその田中氏が、明治維新の立役者である高杉晋作を描いたこの小説では、コトがうまく進まない状況の中で、鬱屈した心情を抱える高杉晋作像が描かれています。
『追い詰められて自宅に引きこもっていた晋作は、打つ手に窮して日々呻吟していた。(略)未だこれと言って世のため人のためになったと胸を張れるような仕事はしていない。ここで死んだら、単なるわがままっ子、単なる道楽息子で終わってしまう』
こんな心情が描けるのは、連続4回落選を経験した田中氏ならではのコトなのかもしれません。自分の身に照らしても、心から共感できるトコロです(笑)。
この田中秀征氏の選挙区があった長野県で、脱ダム宣言などのさまざまな改革を行った県知事として田中康夫氏は有名です。その田中康夫氏が代表を務める新党日本という政党の政策作りに協力する活動を、このトコロ行ってきています。
そうした活動を、静岡県内の自治体議員の人と連携するコトも加えて仕事化できないかと、この間追求してきました。昨日も東京に行ってきたのですが、結果としてこの新しい仕事は断念するという結論に至りました、残念。
『尺取り虫のように身を屈しているのは、やがて龍のように大きく伸びるためだ。それまではたとえ奴隷となっても、下僕となってもいとわない。』
このような内容の詩を高杉晋作が吟じ、『何ごともこれからだ。これからの仕事を見ていてほしい』と思いながら長州を離れ、九州に状況の打開を図りにいくシーンが、この小説の中でありました。
自分も確かに「尺取り虫」。「これからの仕事」を自分の力で切り拓いていくことができるでしょうか。まさしく正念場でありまする。
さて?
