●漫研日誌 『蝉時雨のやむ頃』
鎌倉に住む四姉妹を主人公とした作品。いろんな汚れにまみれた、自分のココロが洗われる気がしました。
吉田秋生の作品としては、『BANANA FISH』や『YASHA』の方が有名だと思いますが、暴力や殺人シーンがなくて、細やかな情感のみを描いている、こういう作品の方が私は好きだなあ。
こういうマンガを読んでいると、鎌倉に行ってみたくなりますヨネ。

鎌倉に住む四姉妹を主人公とした作品。いろんな汚れにまみれた、自分のココロが洗われる気がしました。
吉田秋生の作品としては、『BANANA FISH』や『YASHA』の方が有名だと思いますが、暴力や殺人シーンがなくて、細やかな情感のみを描いている、こういう作品の方が私は好きだなあ。
こういうマンガを読んでいると、鎌倉に行ってみたくなりますヨネ。

まったくの自己流でしたが、うまくジャガイモが育ってくれんことを!(オーバー?)

1学期のみ東京の小学校に通って、夏休みに静岡県榛原町に引っ越してきました。
引っ越してきた借家は、お風呂はゴエモン風呂で、便所は家の外にあるポットン便所で、明かりは裸電球。東京の団地とのあまりの違いにキョトンとした覚えがあります。
テレビをつけてアニメの「タイガーマスク」を見たところ、すでに見た話をやっていました。東京とは1週間遅れで放送していたんでしょうね。そのコトにもキョトンとしたことを覚えてます。
というコトで大きなカルチャーショックを受けて、新しい生活が始まったのでありました。
ちなみに中学2年の途中までこの借家住まいが続きました。小学生の頃は、夜に外の便所に行くのが怖くて、風呂に入っている時に風呂場でコッソリしたコトも。小学生の途中の頃から、風呂炊きが自分の仕事になったのですが、暗闇の中で一人でずっーと火をくべる作業は楽しかったデス。

私、小さい頃の記憶はほとんどないのです。
団地にはいろんな年齢の子どもがいて遊んだ記憶はあります。
悪さをして柱にくくりつけられたり、4階建ての団地の上からションベンまき散らしたような気も・・・(笑)。
引越しする頃に、近くに高島平団地という巨大な団地が出来たのですが、それまではだだっ広い原っぱで、ザリガニ採りなどをした記憶はあります。
細かい記憶がないせいか、一番楽しかった時期のような気もします。

左が3才上の姉で、右が私です。幼稚園児ぐらいなんでしょうか?
場所は、東京都板橋区にあった蓮根小学校だと思います。
私が生まれたのは東京オリンピック開催の一年前の1963年、東京で生まれました。
小学校一年の夏に引っ越すまでは東京で育ったのです。板橋区にある蓮根団地というトコロでした。
地下鉄の都営三田線で蓮根駅という駅があって、そこから10分ぐらいの場所でした。その近くにある小学校ですね、写真の場所は。
かぶっている野球帽は読売巨人軍・ジャイアンツのモノですが、当時はジャイアンツしかなかったんですよね。私の父はアンチ巨人でしたが、他にないからしょうがなかったんでしょうねえ。

1月は寒い日だったのですが、この日は暖かかった!この時期はオオタカがつがい(夫婦)を作ろうとする時期。つがいができて、卵を産んで、ひなが成長して独り立ちしたらつがいは解消されて、また次の年に新しいつがいを作るわけです。
この時期のオオタカは、つがいを作ろうという意思を表す飛び方をしたりします。その一つである波状飛行が確認できたそうなのですが、私は遅刻したために見ることができませんでした(恥)。
ああ残念・・。

造成されたハーブ園にバラの苗木を移植する作業、周辺の木の伐採などの作業を行いました。お昼には美味しい豚汁やおにぎり、オハギをいただくことも出来ました。
1時半を過ぎて天気予報どおりに雨が降ってきたところで作業は終了。
さて、このハーブ園のバラの木がどんな風に育っていくのでしょうか?楽しみです。
