●映研日記 『祝の島(ほうりのしま)』
「1000年前、沖で難破した船を助けたことから農耕がもたらされ、子孫が栄え、現在に至るまでいのちをつないできた小さな島がある」(『祝の島』公式ホームページより)
山口県の上関(かみのせき)町祝島(いわいしま)。瀬戸内海に浮かぶこの島の対岸4キロメートルの所に、原子力発電所の建設計画が29年前に持ち上がった。
昔々この島には、航海の安全を祈願し、豊かな海への感謝をささげる神官の祝(ほうり)がいたとされ、神霊の島といわれてきたという。かといって、脱原発を主張する人たちの一部の人が喜びそうなスピリチュアルなお話では、ナイ。
「(原発ができて)キレイな海がなくなったら、ワシら生活できなくなるじゃけぇ」
とトツトツと語る、オバアチャンやオジイチャンたちの日々の生活の姿を描いた作品。
約30年にわたって、毎週月曜日と正月2日に原発反対デモを行ってきたオバアチャン、オジイチャンたち。その日の仕事を終えて、海や野良から帰って夕飯を食べてからハチマキ締めて集まって、狭い集落の小さな路地を「原発反対、エイエイオー!」とさけびながら歩いていく。こんなデモが1050回(!)も続けてこられたという。
漁師のオジイチャンは、小さな船の甲板に座って釣り糸を垂らし、指で探りながら「オッっ、これはタイさんやないなぁ。カサゴさんやな」とつぶやきながら魚を釣り上げていく。
島の小学校の入学式。新入生はたった1人と思ったら、それを出迎える在校生は2人。3人とも島唯一の商店の子どもたちだった。その新入生の入学を祝うために、島のオバアチャンたちが黒服を着て式に集まってくる。
あいさつに立った商店主のオヤジさんは、「島の皆さんの暖かい気持ちに守られてここまで成長できました。ありがとうございました。ただ、暖かすぎて時々、『ババア』とか『死んじゃえ』とか悪態つくようですが(笑)」と、オバアチャンたちの笑いを誘う好スピーチを行う。
昭和30年代には人口が3000人を越えていた島は、今では500人ほどの人口になってしまっている。だが、いずれ帰ってきたいという思いを持って島外にいる人たちが多く、そうした人たちの家を修繕するための大工仕事をする男性や、木材などを運搬する船の仕事をしている男性たちは、島の若手(50代)として反対運動の先頭に立っているという。
自分が住んでいる牧之原市の隣の御前崎市にある浜岡原発。この原発の建設計画が持ち上がった40数年前、漁師の人たちが先頭に立って猛烈な反対運動を繰り広げたという。その中でも特にオカアチャンたちの活躍は目ざましく、郡の海岸地帯の有権者のほぼすべての反対署名を集めたという。
「(原発ができて)キレイな海がなくなったら、わたしら生活できんくなるもん」と、当時は多くの人たちが思ったのだろうか?
そんなコトを考えさせてくれた佳作。
個人的追記:映画の中で、中国電力が工事を強行するとの情報を島の人たちがつかみ、夜明け前に船を出し、海に浮かんだ漁船の間にロープをつないで、中国電力側の船が入れないようにするシーンがあった。
「自分たちの静岡空港反対運動ではここまでのコトはできなかったなぁ」と思ったら、涙が出てきてしまった。
上関原発の反対運動については、以前から少し知ってはいたが、2年前に山口県知事が工事を進めるための埋め立ての許可を出したのを聞いて、「上関も造られてしまうんだなぁ」とあきらめていた。
しかし、今回の原発事故を受けて事態は一転した。
上関町の近くにある周南市は、自分の亡き父の出身地なのだが、まだ訪ねたコトがない。機会あらば、祝島とともに行ってみたいと思ったのだった。






