2011年12月31日

●フットボール観戦部日記清水商業 VS ルーテル学院

全国高校サッカー選手権1回戦。初めて来ました埼玉スタジアム。

でっけぇ〜!さすが浦和レッズのホームグラウンド♪。

この日は地元・浦和東が第1試合を戦ったコトもあって、観客はナカナカの入り。

5ー0と快勝した浦和東は、チアガールも来て応援してたけど、清商(きよしょう)の純朴な応援の方が優っていたような気がいたしました。

「きよしょう♪ガンバ〜レ!」の『清商サンバ』を、応援席のとなりでナマで聞いていささかカンゲキ(笑)。

試合は、清商が7割近くボールを支配するも、得点できぬまま残り時間もあとわずかに…。

ここで攻撃の中心10番佐野選手を25番吉田選手に交代。「エッ?」と思ったが、この吉田選手がよく動き回って、PK戦を想定しだした雰囲気にカツを入れる。

そして、相手ディフェンダー3人を引きつけた8番風間選手から左へパス。

これを受けた11番中田選手がセンタリング。

9番遠藤選手が鋭いゴロのシュートを放つ。

キーパーが素早く反応して手でおさえるも、こぼれたボールがコロコロ…コロと転がって、ついにはゴールラインを越えて決勝ゴール!

カンドー的な幕切れでありましたぁ♪

2回戦は見に行けませんが、ガンバってほしいモノでありまする。


2011年12月29日

●テレビドラマ同好会日記『坂の上の雲』「敵艦見ゆ」

 録画してあった、NHKの歴史大作ドラマ『坂の上の雲』の第12回「敵艦見ゆ」を見た。

 戦費を使い切ってしまう前に、戦局が有利なうちに、何とか戦争を終わらせよう。

 高橋英樹演ずる児玉源太郎・満州軍総参謀長や、米倉斉加年演ずる満州軍総司令官大山巌といった軍指導部が、国のサイフ=財政を気にしながら、状況を乗り越えていこうとする姿が描かれる。

 ナレーションで、司馬遼太郎の言葉が以下のように語られる。

 「戦争による財政的滅亡という危機感が最初からあったために、日本政府がこの時ほど国家運営の上で財政的感覚を鋭くしたことは、それ以前にもそれ以降にも無い。」

 「この同じ民族の同じ国が、はるかな後年、財政的にも無謀極まりない太平洋戦争をやったということは、ほとんど信じがたいほどであった。」

 日露戦争の時は、高橋是清・日本銀行副総裁がイギリスやアメリカを駆けめぐって国債を売り、戦費を調達した。それでも、GDPに対する借金の割合は約70%ほどだった。

 それが、日露戦争から約40年たって「財政的にも無謀極まりない太平洋戦争をやった」頃は、何と199%!。

 その財政に対する感覚の鈍さを、「ほとんど信じがたい」と司馬遼太郎が評するのもムベナルかなと思う。

 その「無謀極まりない」戦争から約70年。この国の国債の発行残高は800兆円を突破!GDPに対する借金の割合は、200%を超えてしまっている。

 こうした中で、民主党・野田政権は消費税の増税を訴え始めた。これは正しいのか?

 1996年10月に行われた衆議院選挙。国債の発行残高がまだ200兆円台だった頃、自民党・橋本龍太郎政権は消費税を3%から5%に増税することを訴えた。

 自分はこの時の衆議院選挙に、静岡空港問題の地元静岡2区から出馬し、様々な嫌がらせを受けながらも、静岡空港などの「ムダな公共事業」の見直しや消費税3%すえ置きを訴えた。
 
 この衆院選後の97年。橋本政権は消費税の増税を断行。国債の増加額は約20兆円から約13兆円へと少し減ったが、増税によって回復しかけていた景気は再び不景気におちいり、増加額は37兆円に急拡大。

 その後の小渕政権となって、景気対策のためのバラマキ財政はさらに拡大し、静岡空港などの「ムダな公共事業」も継続されていった。

 その結果としての2011年。ここにいたって民主党・野田政権は、消費税を10%に増税し、凍結していた八ツ場ダムの工事を再開し、整備新幹線3区間の建設を着工するという。

 信じがたい!

 「戦財政的にも無謀極まりない戦争」の反省から、原則として禁止されていた赤字国債の発行(公共事業のための建設国債は例外)。

 しかし、1975年に三木政権の大平正芳大蔵大臣が苦渋の決断で赤字国債を本格的に復活させる(1965年に1年のみの発行はあった)。

 大平蔵相の苦渋の決断ぶりからは、敗戦への反省によって復活した「財政への鋭い感覚」が、敗戦から30年後の時点ではまだ生き残っていたコトが感じられる。

 しかし、70年後の今の政権から感じ取ることは出来ない。それは、日露戦争時と太平洋戦争時の国の指導部の、財政に対する「信じがたい」感覚の違いと似ている。

 「坂の上の雲」第12回では、見張りの船が対馬沖でロシア・バルチック艦隊を発見し、「敵艦見ユ」との報告。主人公の一人秋山真之(さねゆき)が属する連合艦隊が、バルチック艦隊に日本海海戦を挑むトコロで終わる。

 96年の衆院選以来、税金の使い方をめぐって格闘してきた自分。その心に変化は無い。

 だが、具体的な闘う課題であった静岡空港が完成してしまって以来、「敵艦」は見えなくなってしまっていたように思う。

 その「敵艦」が、徐々に見えてきたような気もする2011年末。

 来年は、闘いの再開の年になるかもしれない。

 
 なんてネ♪。

 
 (写真は、ロシア兵の死体に敬礼する主人の一人・秋山好古)


2011年12月28日

●テレビドラマ同好会『てっぱん』

『ゲゲゲの女房』、『てっぱん』、『おひさま』、『カーネーション』と好作品が続いているNHKの連続ドラマ小説。

その『てっぱん』のクリスマスイブ特番が放送されていた。

若手出演者だけで構成された(ギャラが安い?)後日談の内容。

毒舌の祖母役の富司純子も、ガンコ親父役の遠藤憲一も登場しない。

見終わった感想は、寿司やマグロの刺身にはワサビ、オデンやサンドウイッチにはカラシが必要だ、というコト。

ピリッとした脇役陣が不在では、砂糖水のような甘ったる〜い、安っぽいドラマになってしまうのだ。

『おひさま』も、戦前戦中の緊張感を失った後半は、甘ったるいドラマになってしまったが、面白いドラマを作るってのはナカナカ難しいコトですネ。

(写真は、『カーネーション』でガン飛ばしあう主人公の尾野万千子と、ライバル役の栗山千明。これくらいのピリッとしたモンが必要だよネ♪)


2011年12月26日

●フットボール観戦部日記ラグビー大学選手権2回戦

早稲田、慶應、明治、同志社という伝統校勢が総崩れとなった2回戦。

同志社は、優勝候補帝京に上半身の体格では全く劣っていたが、終了間際まで1点差でリードするという大健闘!

昨年2部リーグの関西大学との入替え戦を経験したチームが、ここまで立ち直ってくるとは、宮本監督らの新指導陣の力は大したモノである。

来年に期待大ですな♪

関東学院は、完全な番狂わせで早稲田を破った。

早稲田は前半の早い時間に、ペナルティーゴール2本決めて6点リードした辺りからゆるみが出たように思えた。

関東は、「狂気」の後藤選手を中心にしたモールが素晴らしかった。

接戦を制した直後、自校ベンチに喜んで走っていくシーンは、ラグビーとしては珍しかったが、それくらい集中していたというコトなんでしょうネ。

心技体で言うと、体は互角、技は早稲田が優ったが、心で優った関東がミラクルを起こしたというトコロだったでしょうか。

伝統校が消えて、準決勝、決勝の観客は少なくなるでしょうが(笑)、天理と筑波に期待だな♪


2011年12月24日

●テレビドラマ同好会日記『坂の上の雲』

 NHKの大作歴史ドラマ『坂の上の雲』全13回が明日終了する。

 録画してあった11回目の「二〇三高地」を昨日見た。

 乃木将軍の古武士然とした雰囲気を、柄本明が上手に演じていた。

 その中で目についたのが、膨大な数となった兵士の死を気にするトコロ。

 第2次大戦時の指導部とはだいぶイメージが違う。

 思うに、第2次大戦時の指導部はいわゆるエリートであった。例えば東条英機首相は陸軍士官学校出身。

 しかし、乃木将軍は長州の下級藩士の出身。吉田松陰の叔父である玉木文之進(松下村塾の創設者)の厳しい指導を受け、幕府と長州藩が戦った四境戦争では、高杉晋作の指揮の下で小倉口での戦いに参加している。

 士官学校から軍へとエリートとして純粋培養されていった世代。

 庶民に近い立場から、現場を経験しながら厳しく育成された世代。

 庶民から作られている兵士に対する見方が、この両者で違ってくるのは当然のコトだったのかもしれない。

 進学校から難関大学に進み、大企業で働くという形で成長してきた世代に対して、自分が抱く危惧はこの点である。

 個人の能力を厳しく育てていくという点で、エリート教育は必要であると思うが、庶民・大衆との接点を常に意識しなければ、指導者としての資質に欠ける面が出てくると思うのだ。

 司馬遼太郎が描く明治時代は、その点のバランスが昭和の頃よりは取れていた、というコトかもしれないネ。

 (写真は、二〇三高地占領に成功した後、戦死した次男の遺品を手にしながら乃木将軍が空を仰ぐトコロ。)


2011年12月23日

●フットボール観戦部日記 1986 年清水商業全国優勝

静岡のローカルテレビ局静岡第一テレビのニュースで、1986年に清水商業が優勝した時の様子を流していた。

今年急逝した、清水エスパルスの真田GKコーチが中心選手だった年。

映像からは、清水の熱狂ぶりがうかがえた。

その後、藤田選手や名波選手がいた年、川口能活選手がいた年にも全国優勝を果たしたが、小野伸二選手や風間兄選手というスバラシイ選手がいた年には全国に出れなかった。

今年は11年ぶりの全国大会出場。大晦日には応援に行こうっ、と♪


2011年12月22日

●地歴部日記アキバとイチョウ

秋葉原もイチョウ並木だったのですネ。

知らんかったぁ〜(笑)。