2010年11月12日

●映研日記  『SP 野望編』

  先日静岡市に用事があって、男性は入館料1000円の日だったので、久々に静岡市内の映画館に行って『SP 野望編』を見てきた。

  フジテレビのドラマの続編を映画化したモノで、主演の岡田准一のアクションシーンがウリの作品。テレビドラマが映画化されると、力が入りすぎてバランスを崩すコトが多いのだけれど(『踊る大捜査線』とか『横須賀キャッツアイ』とか)、そんなコト全くなかった。

  冒頭のアクションシーンでの、岡田准一の三角跳びのシーンはホントカッコよかった!次回作の『革命編』も期待大。P1090322.jpg

2010年08月28日

●映研日記昭和残侠伝

浅草の名画座でたまたまやっていたヤクザ映画。

高倉健はそんなに好きじゃないのだけれど、鶴田浩二と池辺良は大好きなので入ってみたら、席はオジイさんたちでいっぱいで少しビックリ。

残侠伝シリーズの最終作というコトだったけど、脇役で北島三郎がチンピラ役、山城しんごが兄貴分の子分役で出たり、新人だった壇ふみが女工役で出たりと豪華キャストの面々。当時のトレンディードラマみたいなモノだったのかな?

まあ次から次へと人が死んでいく無茶苦茶な展開で、鶴田浩二まで殺されたのは意外であった。

ラストは、高倉健と池辺良が敵役の家に乗り込んで斬りまくり斬りまくり。池辺良の一本背負いのような袈裟斬りがカッコよかったな〓!


2007年10月09日

●映研日誌 『櫻の園』

  虚無感に囚われる日々。

  時々かかる“ビョーキ”なのだが、悪化すると何も手につかなくなる。
  モノを考えようとすると、頭がぼんやりしたり痛くなって、やる気が起きない。
  
  言葉も出なくなるし、外にも出たくなくなる。ブログも書けなくなった。

  ネットを見てたら、昔のカノジョがマスコミ主催の講座の講師となっているのを見つけた。「スゴイなあ、成功してるなあ」と思いつつ、自分は無力だなあという感情に落ちいっていく。

  誰かの助けが欲しくなる→求めても得られない→孤独感のみ強まっていく、という悪循環。

  そんな中、偶然一枚のDVDを棚から見つけた。友人から勧められていたが、なぜか見る気が起きなかったモノ。

  20年前に「LaLa」という少女誌に掲載された、吉田秋生のマンガを映画化した作品。創立記念日に毎年チェーホフの「櫻の園」を演ずるという女子高の、演劇部の女の子たちが主人公。

  同級生からも敬語で話される「しっかり者」の部長、志水。
  背が高くて中性的な魅力があり、主役を演ずる倉田。

  志水は、公演当日に校則違反のパーマをかけてきて回りを驚かせる。
  男役に慣れていた倉田は、初の女役に緊張して萎縮してしまう。

  開演直前、部室の裏で2人きりになって、志水は倉田に話しかける。

  志水「あたしねぇ うらやましかったんだ 倉田さんのこと」
  倉田「ええ?」

  志水「だって男の子みたいにさっぱりしてて・・・」
  倉田「あたしは もう少し女の子らしく生まれてきたらって・・・志水さんみたいに」

  志水「あたし? あたしは女らしいとかかわいいとか言われたこと一度もないわよ。いっつも『しっかりした子』って言われて そんなふうに言われたいなんて思ったこと一度もないのに」
  倉田「あたしがもっと小さくて女の子らしかったら 誰か好きになってくれるかな・・・」

  志水「あたし倉田さん好きよ あたしじゃだめかなあ」
  倉田「ううん だめじゃない」

  志水「倉田さん好きよ」
  倉田「うん」

  志水「大好きよ」
  倉田「うれしい もっと言って」

  志水「好きよ 大好き ほんとうよ」
  倉田「うん・・・」

  そして、2人並んで笑顔の記念写真を撮って、公演に臨んでいく。

  ここで言う「好き」は同性愛的なものではない。自分を変えたいと思う少女の、あんな風に自分を変えたいと思う憧れへの、「好き」という感情なのだろう。

  そうした憧れへの思いを伝えられた倉田は、その思いを自分への自信に変えていく。

  自分の思い、他人からの思いをバネにして、自分の目の前の壁を乗り越えていこうとしていく。

  ただ誰かに頼ろうとするのではない、そんな清々しい感覚を感じさせられた。

  ずい分前には自分もそんな気持ちを持っていた?

  壁にぶつかって虚無感に囚われてしまっている自分にも、そうした感覚が少しよみがえった気がした。

  映画を見た後、ネット上で偶然、自分が「好き」だった人の文章を目にした。真面目な文章だった。「ガンバってるなあ」と思った。

  「よし、少しは外に出てみよう」

  そう思った。

    

  

  

2007年09月05日

●映研日誌 「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」

 NHKBSの「衛星映画劇場」という番組で「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」を見る。

 たまたまやっているのを見て、「バック・トゥ・ザ・フューチャーだ、なつかしい。」と思って見ていたら、昔見た1作目ではなくて3作目だった。1作目を見たのは大学浪人していた頃だったろうか。なぜか偶然、今も浪人中だ(笑)。

 で、結局最後まで見てしまったのであった。

 「未来は白紙だ。未来は、自分の力でどうとでもできる!」という最後のセリフは良かった。

 日本や静岡の政治の未来もどうにかできる?

 そんな気がしてきた。たまには、こーいう映画を見るのもいいモンだ。

2007年01月09日

●映研日誌  ユア・マイ・サンシャイン

  将来の牧場経営を夢見て農村で働く30代後半の独身男が、風俗の女の子に恋をした。不器用だけど誠実な男のアプローチに、過去を引きずる女の子も徐々に心を開いていき、ついには結婚。甘~い新婚生活の描写が続いたと思ったら、女の子の行方を探していた元亭主が登場してから話は暗転。

  元亭主のドメスティックバイオレンス、女の子のHIV感染の事実と、甘いラブストーリーに突如現代的な問題が持ち込まれる。男は元亭主に手切れ金を渡すために牛を売るが、女の子がHIVに感染していることを保健所から知らされ、女の子に伝えるか否かを悩む。

  その姿を見て勘違いした女の子は、彼の迷惑になることを恐れて姿を消し、再び風俗に身をゆだねて牛の代金を遠くから送金する。お互いを気づかう2人の心はすれ違い、男は女の子を捜すが見つからず、女の子はHIV感染の事実を知らぬまま体を売り続けてしまう。

  やがて女の子がHIV感染者であることが明らかになり、マスコミの注目を浴びる。その事実を知った男はマスコミのゴシップネタに利用され、親戚や村中から八分にされ孤立していく。そんな中でも、女の子への愛を貫こうとする男。拘置所の面会室の壁をぶち破り、泣き叫びながら手をつなごうとする2人。そのシーンはあまりにも美しい。

  父親っ子だった私が、母親との結びつきが強くなったのは、選挙に出ることから始まったここ10数年の政治的格闘の中でのコトだった。政治的に失敗して孤立する私の姿を見て、「もうやめたら」「くたびれもうけだねえ」などと言いながらも、ずっと私の行動を静かに支持してくれ続けた母。そんな中で、強い結びつきが生まれてきたのだと思う。

  人と人との結びつきとは、どん底の中からこそ生まれてくるのだろうか? そんなコトを考えさせてくれたこの作品、実は韓国での数年前の実話というのでオドロキ、そしてスゴイ!率直にそう思った。

  

2006年11月19日

●映研日誌 ツヒノスミカ

知人の息子さんが監督として撮った映画。一人暮しをしていた、監督のおばあちゃんの住まいが取り壊される経過を淡々と描いた作品。

片付けをしながら家と家族の歴史を話し合い、確認しあいながら時を過ごす、監督の父と祖母。その光景は微笑ましく、うらやましい。

 我が母とは、そんな時間を一時も過ごせぬままに終わってしまったナア、と思いながら映像を眺めた。実家は母が一人で暮らしていた時のまんま。今後片付けをしても話し合う相手はいない・・・。


2006年09月05日

●映研日誌 奇跡の夏

  見始めてまもなく病気・病院モノの映画と分かり、アアしまったと思った。レントゲンやCTの映像を使いながら医師が病状を説明するシーン。手術室に向かうベッドを見送る際にエレベーターの扉が閉まって姿が見えなくなるシーン。数ヵ月前の母の病院での光景と胸がしめつけられるような思いがよみがえって、映画と関係なく切なくなってしまった。

  映画は、3才年上の兄が脳腫瘍で入院した弟が主人公。「お兄ちゃんの病気は治らないの?僕にできることはないの・・・?」と思い悩む9才の少年。

  この主人公を、悲しみに負けない元気とユーモアをもった少年の姿として、10才の俳優パク・チビンが好演。単なる「お涙ちょうだい」映画に堕することなく、さわやかな印象を残す映画に仕上がった要因の大部分は、この俳優の演技力によるものでは。ニュー・モントリオール国際映画祭主演男優賞受賞もむべなるかな。