●楼門



怖いですねぇ?、気をつけなくちゃ!

今週の「週刊東洋経済」に、来年のアメリカ大統領選挙の民主党候補の一人であるオバマ候補の記事が載っていました。本命ヒラリー・クリントンの脅威となりつつある45才の黒人候補オバマ氏。オバマ氏は、従来の政治活動とは無縁だった草の根の有権者を、政治の場面に引き出すことに成功しつつあるとのコト。
そのオバマ氏の言葉に、「変化は上から来るものではない。変化は組織化された草の根の人々によってもたらされるものである」というモノがあるそうです。ウ~ン同感。
問題は、いかにしてそれを現実のモノとしていくかなのですね。さて?

「イカロスのコト、よく知ってるじゃん」と返信したトコロ、「大昔、NHKのみんなのうたに、“勇気ひとつを友にして”ってイカロスの歌があって、あまりにも悲しくていつも泣きながら口ずさんでいたのだ。」とのお答え。その歌の歌詞は以下のようなモノです。
「勇気一つを友にして」
作詞:片岡 輝 作曲:越部信義
1.昔ギリシアの イカロスは
ろうで固めた 鳥の羽根
両手に持って 飛び立った
雲より高く まだ遠く
勇気一つを友にして
2.おかはぐんぐん 遠ざかり
下に広がる 青い海
両手の羽根を はばたかせ
太陽めざし 飛んでいく
勇気一つを友にして
3.赤く燃えたつ 太陽に
ろうで固めた 鳥の羽根
みるみるとけて 舞い散った
つばさうばわれ イカロスは
落ちて命を 失った
4.だけどぼくらは イカロスの
鉄の勇気を 受けついで
明日へ向かい 飛び立った
ぼくらは強く 生きていく
勇気一つを友にして
実は私は、この歌のコトはよく知りませんでした。この歌詞も「人権問題研究ホームページ http://www5f.biglobe.ne.jp/~icarus/」というサイトで拝見したモノです。
私が大学時代に一番多くのエネルギーを注いだのが学園祭の実行委員会運動でした。大学からの予算が一切出ない中で、みんながボランティアで手作りで作っていった学園祭。まったく知らないクラスに授業が始まる直前に入っていって、「クラスで企画を出しませんか」と壇上で呼びかけたり、4階の高さまで安全ヒモもつけずに鉄骨を「木登り」して看板を張ったりと、今では考えられないような情熱をそいだものでした。
その学園祭に初めて参加した「第17回白門祭」のスローガンが、「アポロンの呪縛からイカロスを解き放て」というモノでした。「たとえ太陽の熱で翼が溶けて落ちたとしても、それでも僕らは大空に羽ばたいてみたいのだ」そんな内容だったかと思います。10代後半だったらそんなロマンに心酔してしまうのもわかりますが、40才を越えてねえ?とは思うのですが、やっぱり心惹かれてしまう・・・。
鉄の勇気を受けついで、明日へ向かって強く生き、大空に羽ばたいていきたい。勇気一つを友にして。そう思ってしまう私はやっぱり青いですよネエ、ハハ(笑)。

昨年11月3日のブログで私は以下のようなコメントを書きました。
『一昨日、松陰神社でおみくじを買ってみました。運勢は末吉。
「はなされし かごの小鳥のとりどりに たのしみおおき 春ののべかな」
「籠の中にいた小鳥が放されて自由にとび歩く様に苦しみを逃れて楽しみの多い身となる運です。世のため人のために尽くしなさい」、だそーです。さて、来年春にどーなりますコトやら・・・。』
で、結果として選挙には勝てませんでした。それだけで考えれば、おみくじはハズれたわけです。しかし、籠から放されたような解放感も私の中にはあるのです。
1995年に静岡空港の公聴会で沼津市民として唯一「反対」の立場で意見を述べて以来11年間、私は静岡空港を中心にして、県政の問題に関わって来ました。その間3回あった県知事選でも、選対事務局の中心で戦ってきました。その中で、どちらかといえば「~反対」「~反対」という人たちの流れの中にいることになりました。そして、そうしたモノの考え方には大きな違和感を覚えてきました。
7年ほど前、工事が始まって一部の用地ができてしまったしまった静岡空港の跡地利用について、私が具体的なプランを提案した時に、空港反対運動のリーダーは「あんなモン、ぺんぺん草を生やしときゃいいんだ」とはき捨てるように言いました。
空港用地の強制収用を審議する土地収用委員会に対して、「論理的に戦って収用が不当だというコトを明らかにする」というので、私は東京の国会図書館にも何度も通い、法律を徹底的に調べて、収用委員会の場で論理的に意見を述べていきました。しかし、その方針を主張した人が、途中から大声で野次をとばし、単純に会の進行を妨害するような行動を取っていきました。収用委員会の運営がおかしかったのも事実ですが、はじめの方針と違うそうした行動を私は取ることができませんでした。
「それってオカシイんじゃない?」 ずっとそうした気持ちが私の心の中にありました。
つまり、「反対!」と単純に声高に叫ぶコトが正しいんだという考え方が、運動の中で主流を占めていたわけです。そのような流れの中で、あくまでも論理的に、無関心層も含めた多くの人にわかりやすく意見を説明していくべきだという私の考えは少数派でした。そして、その考え方に基づいて行動してきた私は、いろいろな場面で籠にぶつかってわが身を傷つけるような、様々な苦しみを味わってきました。
今回の選挙で、「鉄道高架反対」と単純に声高に言うコトを、私は最後までしませんでした。高架事業にいま多くの税金を使うよりも、医師・看護師不足などもっと急いで税金を使っていくべきトコロがあるだろうと。そして、鉄道高架の問題点を具体的に指摘し、こうした問題を住民に明らかにした上で、最終的には住民投票で住民の判断を仰ぐべきだというのが、私の主張でした。
このような私の主張に対して、「主張がハッキリしない。」「反対と言うべきだ」など様々な批判がありました。それでも主張を変えなかったのは、この11年間の空港問題での苦い経験があったからです。そして、このような態度を最後まで貫いた結果が、5527票という得票数でした。
今回の結果は、とても悔しいです、悲しいです、残念です。私が貫いた態度は、ひょっとしたら選挙的にはマイナスだったのかもしれません。でも一方で、「籠から放された」ような解放感が、私の心の中にあるのです。現実を見ることなく、「反対、反対」と言いさえすればいいという籠から、やっと外へ飛び出ることができた。そんな解放感が、11年間の苦しみの記憶と共に私の心の中に生まれています。
そして、そんな解放感がある一方で、これまでとは違う現実という空で、私は羽ばたいていくことができるのか。そこが厳しく問われてくるように思えるのデス。イカロスは太陽に向かって羽ばたいていくことができるのでせうか。

厳しい言葉も暖かい言葉もいただきました。そうした言葉をしっかりと受け止めて、写真に写っている新緑のような新しい葉を、自分の内面から生み出していければと思うのデス。明日から沼津では市議選が始まります。
