2010年01月25日

●石仏?

 写真は、日曜日に静岡空港周辺のオオタカの生息調査を行った際に見つけたモノ。

  コンクリートできた石像なんですが、空港に向かってたたずんでいるのデス。

  ジモピーである空港反対地権者に聞いてみましたが、「よく分からん」とのコトでした。空港眺めながら「考える人」なのかなあ?


●日曜日の昼間、「静岡

日曜日の昼間、「静岡空港オオタカ調査会」のメンバー7名プラスイヌ一匹で、久々に静岡空港周辺に生息するオオタカに関する調査活動を行った。

  静岡空港建設に関して、建設地に生息する絶滅危惧種・オオタカの保護を県に対して訴えていく中で、県に要求するばかりでなく自分たちでも独自に調査活動を行っていくべきだ!というコトで始まったこの活動。

  当時マスコミでも大きく取り上げられた、2000年のオオタカ営巣木伐採問題をきっかけに始められた活動なのだが、その中でホントにいろいろな出来事がありましたけれど、今年で11年目になるのねえ。

  静岡空港建設が進められる中で、建設予定地内に生息するオオタカの存在が、環境が重視されるようになった時代の流れも受けて、大きくクローズアップされるコトとなった。そうした状況の中で県は、自らが集めた『専門家』の意見に基づき建設作業を行っていくこととしたのだが、これに対して異を唱えていくには、こちら側もそれなりの専門的見識を持たなきゃいかん!というコトで始められたのが、この「静岡空港オオタカ調査会」の活動だったのだ。

  「専門家の意見」という隠れ蓑の下に強引に開発を進めようとする県に、具体的に対抗していかなきゃいけないという現実的必要性と、「自然を守れ」だ「オオタカ守れ」と口では主張するけれど、自分たちで独自に調査したり、専門的な知識を身につけようとしない反対運動の側への違和感を胸に秘めながら、この10年間コツコツと活動を続けてきたのであった。

  月一回の調査活動、県との交渉、環境省との交渉、他県の自然保護団体との連絡・交流活動など、思い起こすとホントに色んな活動を状況にホンロウされながらも、一所懸命に行ってきた10年だった。空港が開港することとなった昨年は、どうにこうにも気合が入らなくて例年続けてきた調査活動も中断してしまったが、今回再開するコトとなったのであった。

 風も無く快晴という好条件の下、青空を大きく旋回したり、狩りをしていたり、求愛活動をしていたりするオオタカの姿を、久々に目にするコトができた。その他にも、ハイタカ、ミサゴ、ハイイロチュウヒ、チョウゲンボウ、ノスリ、トンビなどの猛禽類を観察することができた。

 月一回のこうした活動を、今後も続けて行こうというコトを確認して、今日の調査活動を終わっていったのであった。オオタカを始めとして、色んな猛禽類の姿を見れたホントにいい一日でした!


2010年01月20日

●JAL 再建と静岡空港

JALが事実上倒産。会社更生法の適用を受けて、「企業再生支援機構」の支援を受けて3年以内の再生を目指すこととなった。今朝のテレビ報道を眺めていたところ、3人の識者がそれぞれの見解を述べていて興味深かった。

 官僚出身の岸・慶応大学院教授は、「企業再生支援機構」の再建案と、政権交代以降に設置された「タクスフォース」の再建案との違いを指摘。公的支援の金額が倍近く増えた一方で、収益を増やすための具体的方法が安売り路線の展開しかない。「親方日の丸」意識からの脱却を掲げない再建案では、収支構造の劇的な改善は望めないので、再建案が目指す「V字回復」は難しいと予測。

 JAL出身の戸崎・早大教授は、労組の協力を得て賃下げとリストラを実施して支出を減らし、新機材の導入など時代にあった積極的な投資に回す。そして、羽田空港の路線大幅増というチャンスを生かして、成長を続けるアジア路線の拡大を展開できれば、デルタ航空が1年半で再生したように、「V字回復」は可能と予測。

 経済評論家の森永氏は、そもそもJALの収益構造が極度に悪かったわけではなくて、資金ぐりが悪くなったために今回の事態になっただけなので、不採算路線からの撤退や新機材の導入といったリストラ(首切りではなくて事業体制の再構築の意)が進めば回復は可能と予測。むしろ問題は回復後に「企業再生支援機構」が株の再上場でぼろ儲けするであろうコト。これはダイエー再建の時と同様で、大きな問題と指摘。

  そうすると・・・、「親方日の丸」体質からの脱却、労組の再編、不採算路線からの撤退、「株式上場」による利益創出・・・というキーワードって、国鉄の民営化と同じなんだというコトに気づかされた! 

 「親方日の丸」体質の中で、労組は既得権益を拡大して経営の阻害要因となり、政治力によって作られたムダな駅・空港(まさしく静岡空港!)への赤字路線は維持されていき、その結果どうしようもなくなった状態を、公的資金を投入して一挙に改革する。そして、その際に生まれた利益は新たに権力を持った一部の人間が手に入れる(国鉄用地の売却益など)と。まあ、経営に一般的な善悪は通用しないから、それはそれでいいんだけど・・・。

 さて、岸教授の予測どおりの場合は、さらに税金が投入されるコトになって困ったモノ。森永氏の予測どおりならば、企業再生支援機構が手にする儲けの行き先が気になるトコロ。戸崎教授は、沼津の鉄道高架化問題でお話を聞いたことがあるが、冷静な分析が好感持てた方だった。戸崎教授の予測どおりになれば世の中万々歳だけれど、経営陣の強烈なリーダーシップが必要となるよね。

 そんな中、JALが真っ先に撤退する(まごう方なき不採算路線!)、我らが(笑)静岡空港はどーしていくべきなのか? 

  鈴与が作った航空会社・FDA(富士ドリームエアラインズ)は独自に頑張っている。川勝県知事は、約束破ったJALには搭乗率保証金は払わん!と宣言している。羽田空港でアジア路線が拡大したら、静岡空港のアジア路線減はありうる。さて、どーするのか? ただ「空港いらない」といってるだけでは済むまい(15年間静岡空港反対運動に全力を尽くしてきた者の1人として、あえて言う)。

  そう考えながら庭先に出てみると、ちょうど昼時で静岡空港の便がある時間帯。行き帰り両方の飛行機が上空を飛んでいて、ちょっとウルサイ(笑)。これが現実。『ここがロドスだ。跳んでみろ!』


2009年09月16日

●JAL 撤退と政権交代

日本航空・JALが、再建計画の中で静岡空港便からの撤退を打ち出したとの報を聞いた。

予想されたコトとはいえ、開港直後でこれとは。JALからすれば、それどころじゃない、というコトなのだろう。経済原理からすれば当たり前のコト。

同じ日に、民主党政権が誕生した。四年前の衆院選。直前に行われた県知事選挙で、空港建設反対の立場から一緒に戦った人たちに、民主党中心の政権交代を行えば、静岡空港建設を止めるコトはできる!と訴えた。民主党の安保政策は・・?と言う人たちに対しては、ムダな公共事業である静岡空港建設を止めるためには(有効な公共事業は行うべき)、政権交代が必要なんだと説得して、民主党候補を応援する活動を展開したが、小泉旋風の前に敗北した。
あれから四年。四年前に実現してればなあ…と思うが、致し方なし。

ついこの間まであれだけ暑かったのに、彼岸花が咲いて、すっかり秋の気配。時はうつろいゆく。


2008年05月18日

●オオタカ調査

  今日は、月一回のオオタカ調査の日でした。空港反対地権者2名をふくむ6名と犬一匹(?)で調査を行いました。

 メスが卵を抱える時期であるこの時期には、林外でオオタカの姿を見ることができる確率は低くなります。予想通り、今日はオスが飛んでいる姿を一度確認しただけ。代わりにと言っては何ですが、静岡空港建設地見学ツアーのバスは何台も見かけることになりました。

 昨年10月18日の日記にも書きましたが、この空港建設には以下のような欠陥が存在しています。

 航空法という法律によると、空港周辺の一定の範囲では、飛行機が飛ぶジャマになるような障害物を取り除かなくてはならないとなっています。そこで、この障害物となる土地や立ち木を取り除くために、県は土地収用法という法律を使って、反対地権者から強制的に土地や立ち木を取り上げたワケです。

 ところが、ズサンな測量に基づいて県が作業を強行したため、障害物となる土地と立ち木が一部ポッカリと残されてしまっているのです。このままでは航空法の求める空港は完成できない、というコトになってしまうのですが、県はどうするつもりなのでしょう。

 この土地の持ち主である反対地権者によると、問題先送りの無責任対応しかなされていない、とのコト。見学ツアーの数ばかり増やしても、問題が解決するわけではありません。

 2000年から始まったオオタカ調査が現在まで続いているのも、この反対地権者の意志のたま物。反対地権者の意志と共に、この問題もまだまだ続いていくことになるようです。


2008年02月12日

●オオタカ調査

  10日の日曜日には静岡空港建設地周辺のオオタカ調査を行いました。

  1月は寒い日だったのですが、この日は暖かかった!この時期はオオタカがつがい(夫婦)を作ろうとする時期。つがいができて、卵を産んで、ひなが成長して独り立ちしたらつがいは解消されて、また次の年に新しいつがいを作るわけです。

  この時期のオオタカは、つがいを作ろうという意思を表す飛び方をしたりします。その一つである波状飛行が確認できたそうなのですが、私は遅刻したために見ることができませんでした(恥)。

  ああ残念・・。

  

2008年02月06日

●一周忌

  今日2月6日は、静岡空港建設などに抗議の意志を示して知人の井上英作さんが静岡県庁前で焼身自殺を遂げた日。

  午前零時を過ぎた真夜中の現場を静岡市在住の知人と訪れた。お花がたくさんお供えしてあった。その中にお酒をお供えしてきた。

 ちょうど1年前のブログを見ると、『この死をどう受け止めて、どのように行動していくのか?厳しく問われているのだと思います』と書いている。

 あれから1年。空港建設に反対していた地権者の土地や木は強制的に収用され、選挙も勝てず、空港予定地内ののオオタカの繁殖地も無くなってしまった。

 そして1年がたった。これからどう活動していくのか・・・?

 以下は、井上さんの抗議文の最後の部分。  

『しかし、自分がこんな人生の終わりを迎えるとは思っていなかった。急転直下の出来事なのだ。(略)
 空港反対の活動は、明らかに敗北なのだ。なぜなら、このままでは出来てしまうからだ。これを敗北と言わずして何であろう。しかしいまだに敗北を認めない人々、そしてその原因を考えようとしない人々。敗北の原因は、自分たちが正義だと思っていたからなのだ。
 歴史を見れば、勝ったものが正義なのだ。正義と信じた我々は、活動しさえすれば勝つと思い込んでいたのだ。我々は、不正なやつらの、なりふりかまわぬ、力ずくの、金ずくの、嘘で塗り固めた、恥知らずの権力行使に負けたのだ。
 たとえ歴史がその不正を暴くとも、空港で甘い汁を吸ったやつらはとうに地下で安眠しているだろう。それを許してはならない。まだ遅くない。人々が本気で抗議すれば、こんな間違った空港が出来るはずが無い。』

 答える言葉は・・・、今は見つからない。